私が市役所を休職するまでの経緯【前編】

私はとある市役所に勤めて今年で9年目になります。

 

中途採用で入庁し、最初の勤務先は障がい福祉課で、5年間勤めました。

 

その後、選挙管理委員会事務局に配属され、選挙期間中に職場環境の悪さと過労により休職となってしまいました。

 

今回は私がどのような経緯で休職になったのか、休職を取るまでにどのような行動を取ったのか、について書きたいと思います。

 

 

なぜ休職したのか

選挙管理委員会事務局の仕事は過酷

選挙管理委員会事務局(通称、選管)の業務は過酷です。

 

選挙がない時期は比較的余裕があり、定時に帰ることができ、有休も取りやすいです。

 

ただし、選挙時になると、うちの市役所では月の残業時間が最大で200時間程度までいきます。

 

選挙事務の執行期間は1選挙につき約3ヶ月程度で、トータルにすると3ヶ月で500時間程度の残業をします。

 

イメージ的には、土日祝日は全く無し、朝8時30分から夜は大体11時頃まで働き続ける、といった感じです。

 

ちなみに私は選挙時は業務量が多すぎたため6時には出勤し、夜の11時頃まで働く、というのを続けていました。

 

また選挙時には対人ストレスもかなり強い職場で、一般市民からの大量の問い合わせに加え、市役所内部の職員を総動員するため内部の職員からの問いわせが短期間に集中します。

 

さらに、公職選挙法は非常に難解であることに加えて、罰則を伴う厳しい法律であるため、選挙に立候補した陣営から公選法関係の問い合わせが集中します。

 

特に公選法関係の問い合わせでは、どの陣営も選挙に勝ちたいとの思いから法に抵触するスレスレの選挙運動をしようとするため、問い合わせ内容も幅広く、かつ、センシティブな内容になります。

 

人事異動による人員削減は休職に至る要因の一つだった

私が休職に追い込まれた要因のひとつは、人事異動による大幅な人員削減です。

 

選挙事務はいわば一時仕事であり、そのほとんどを他部署からの応援職員で賄っているため、平常時は落ち着いていて定時に帰ることができるため、基本的に常駐している職員は少人数です。

 

私がやってきた時は管理職2名、正規職員3名の合計5人でした。

 

それが人事異動により、管理職1名、正規職員2名、会計年度任用職員(いわゆる嘱託職員)1名、の合計4人に削減されました。

 

これはかなりの痛手です。

 

少人数で大量の事務処理を短期間こなさなければならないので、人的リソースは選挙管理委員会事務局にとってまさに命です。

 

そこを管理職1名、正規職員1名を削られて、代わりにやってきたのが会計年度任用職員な訳ですから大幅な戦力ダウンでした。

 

唯一の管理職員が最悪の上司でした

新しく管理職(選挙管理委員会事務局長)としてやってきたのは、元人事課長の職員でした。

 

人事異動は基本的に人事課が主導で決めているので、言うなれば選挙管理委員会事務局の職員を大幅に削減した責任者がこの人です。

 

他の職員から聞いた前評判はあまり良いものではありませんでした。

 

とにかく細かい、と。

 

まさにその通りの人でした、神経質そうな顔立ち通り重箱の隅をつつくような言動が大好きで、けれど振る舞いは自分勝手でした。

 

勤務時間内にスマホアプリで売買をしたり、職場内の事務作業のための机に自分で買ってきたランチマットを勝手に敷いて自分のランチスペースにしてしまったり、目に余る行動がとにかく多かったです。

 

職場内の事務局長に対する信用は右肩下がりで落ちていき、とにかく仕事を増やす嫌な上司、といった感じでした。

 

地獄へのきっかけは議員からの一般質問でした

市には市議会、というものがあります。

 

国会の市役所バージョン、といった感じでしょうか。

 

私の市では年に4回定例会という開会期間があり、市議会開会期間には市議会議員からの一般質問というものがあります。

 

通常、選挙管理委員会事務局では、選挙の終了後に投票率向上のこと、つまり選挙啓発についての質問を受けることが多いのですが、今年度は珍しく選挙執行前に市議会議員から、

 

期日前投票所を増やせないか」

 

という質問が選挙管理委員会事務局にきました。

 

通常、期日前投票所の増設、というのはそれ相応の期間をかけた準備と根回しが必要です。

 

それを事務局長は議員に言われるがままに市議会で、

 

 

 

追い討ちをかけるような知事のいきなりの辞職

 

最悪の職場環境